その昔デビッドボウイって人もしくはジギーがそう言ったとか言わないとかって話を聞いたとか聞かないとか、俺が言っている。
俺はこれは攻撃的な傲慢なイメージを与えるための言葉だと思っていたのだけれど、だってそうでしょ?
セックスと自分自身だけって言うとありきたりと言うか、映画なんかでちょっと悪ぶったヘロヘロ脇役が吐いてそうなセリフだけど、そこに「政治」ってのが入ってくると今の日本ではちょっとスパイシーな感じがするのであって、当時のアメリカでは人々がどう感じたのかは知らない。
けど最近、あれ、違うか?って思う。違うか?ってのは攻撃的な傲慢なイメージとは違うかってこと。
俺が常に求めているものは愛のリンカネーションそうつまり人とのツナガリなんだけど、政治ってのは世界的な宇宙的な人とのツナガリでしょ?セックスはとても個人的な最も親しい人とのツナガリ。人とのツナガリってのは勿論、自分自身と人とのツナガリってこと。
そう考えるとこの言葉は、俺が求めていることを具体的によりインパクトのある言葉で表現しているということになるのであって、面食らった。
コテも食らった。
愛が地球を救うので俺も地球を救う。
ピース。サンキュー愛してます。



